天体観測(※実話)
父親とあまり話したことがなかった。
何を話しても、今まで私に興味を示してくれたことなんてなかったから。
昨晩私は会社の飲み会で酔っ払って、タクシーで家の近くのスーパーまで帰ってきた。
首が痛くなるくらいに上を向くと、満点の星空が輝いていた。
スーパーから家までの距離、およそ百メートル。
私はその間、ずっと上を向きながら歩いた。
深夜2時過ぎに帰宅すると、父親が何故か起きていた。
私は父を無理やり寒空に連れ出し、あの一際光る星は何かと尋ねた。
父親は、星に興味なんて無かっただろうけど、誰でも良いから一緒に星座を眺めたかったのだ。
「あれはシリウス」
「シリウスは、一番大きな星?」
「一番じゃないけど、今見える星の中で大きいのはベテルギウスとかかな……オリオン座の左肩がべテルギウス」
父親はベテルギウスを指差した。
「ベテルギウスは、もうすぐ超新星爆発を起こして無くなるかもしれない星って言われてる。この距離だと白の点にしか見えないけど、近くで見ると赤色に見える。赤色巨星って言って……」
驚いた。
仕事熱心で、寡黙で、冷たいと思っていた父親は私の何百倍も天体に詳しかった。
「じゃあ、シリウスはベテルギウスよりも小さい星なんだ。あんなに光ってるのに?」
「シリウスは、太陽以外で地球上から見える一番明るい星だからな。勿論太陽よりは大きいけど、ベテルギウス程ではない」
「すごーい!詳しいねえ。私も宇宙が好きなんだけどね、全然パパの知識には追いつかないや」
父親は、私を見てふっと笑った。
翌朝、私が起きたのはお昼頃だった。
母親から「パパはもう帰ったよ」と聞かされた。
「パパねぇ、アンタが帰ってくるまで俺は寝ない!ってずっと起きてたんだよ」
「え?何で?」
「心配だからじゃないの?」
母親に、昨夜の出来事を話した。
「パパに似たんだね。パパはずっと昔から宇宙が大好きなんだよ。はい、これパパから。朝早く出掛けてわざわざこれ買ってきたみたい」
母親が私に手渡したのは、科学雑誌ニュートンの大宇宙完全版だった。
いつも一円でも安いお店に行って、必要最低限のものしか買わない。
スタバのコーヒーよりコンビニのコーヒー。
タバコだってシケモクを大切に吸うような人が、二千円も超える本を私にくれたのだ。
私は、こんなことで泣くような女だと母親に思われたくなくて、必死に強がった。
「パパって、私のこと大好きなんだねー」
「宇宙よりもね」
昨夜のたった五分にも満たない天体観測を、私は一生忘れることはないだろう。